鑑賞済みの方は、ネタバレありの解説記事もご覧ください。
「海よりもまだ深く」はどんな映画?
作家崩れの、今はうだつのあがらない探偵として生計を立てている中年男。月に一度の楽しみは、愛想を尽かされた元妻のもとにいる一人息子に会うことだった。家計も苦しく、養育費の支払いも滞っていて、それを責められている。折り合いの悪かった父は亡くなったばかり、老いた母も年金暮らしで、援助を頼むこともできない。ある月に一度の面会の日、天気予報は台風が迫っていることを告げていた……。
日常の風景、そして日常を暮らす人びとの心情をを精緻に描いた、静かで穏やかな映画。登場人物は皆それぞれに人生の困難を背負っているのですが、重苦しくなりすぎず、ひりひりとした痛みと、包み込むような温かさが伝わる作品です。中年の男、老いたその母、息子。人生のそれぞれのステージにいる各世代の人物がそれぞれの苦しさを抱え、それでも前を向いて生きていく姿を丹念に描いています。
監督は、現代日本を代表する映画監督の一人・是枝裕和。日常の細やかな描写に定評がありますが、その手腕は今回も遺憾なく発揮されています。作家崩れの男に、是枝作品常連の阿部寛(「テルマエ・ロマエ」など)。その老母に同じく常連で、是枝作品における阿部との親子役は2度目となる樹木希林(「あん」など)、姉に「かもめ食堂」の小林聡美。元妻に「さよなら渓谷」の真木よう子。息子に吉澤太陽。他に池松壮亮、リリー・フランキー、橋爪功ら。最後に流れる印象的なテーマ曲はハナレグミによるものです。
「海よりもまだ深く」あらすじ
15年前に一度だけ文学賞を取った良多(阿部寛)は、それ以降鳴かず飛ばず。プライドを捨てきることもできずに今も作家を自称してはいるものの、到底食べていくことはできず、探偵として働いている。その探偵業もうだつがあがらず、部下の町田(池松壮亮)にまで借金を重ねている。
三行半を突きつけられた元妻の響子(真木よう子)と、彼女の連れて行った一人息子の真悟(吉澤太陽)には、月に一度面会することになっている。しかし、毎月払わなければならない養育費も滞っており、響子にはそれを責められる。金の無心をしに実家を訪れるも、老いた母(樹木希林)の姿を見ると虚勢を張ってしまい、心配させまいと逆に小遣いを渡してしまう始末。結局しわ寄せが及んだ姉(小林聡美)からも叱られる。
探偵としての仕事もそっちのけで、良多は響子への未練を捨てきれず、様子を探る。彼女が真悟同伴で楽しそうに話している男は、いかにも金持ちそうなデキるビジネスマン風。自分とは対極に位置するような男だった。なんとか彼女をもう一度振り向かせたいが、金もなければ地位もない。そんなある日、良多・響子・真悟が良太の母の暮らす実家に勢ぞろいすることになる。折しも迫っていた台風のために足止めされ、3人は翌朝までの時間を久しぶりに家族のように揃って過ごすことになる。
鑑賞前のポイント
是枝監督らしい、奇を衒うようなことなく、丁寧に親切に紡がれていく物語です。その流れの中でごく自然に、登場人物の心情に心を寄せることができるでしょう。背景知識も、過剰な心構えも不必要な、肩の力を抜いて鑑賞できる作品です。観る者はその中でいつしか、家族について、そして人生について思いを馳せることになるでしょう。
極めて限定された半径、そして期間の物語です。しかしその精緻な描写には、登場人物たちのこれまでの人生、そしてこれからの人生について想像させる豊かさがあります。あらすじを見ればよくある「家族映画」のようですが、この映画は一味違います。何かになりたいと願う、あるいは、かつて何かになりたかった、すべての世代の方にオススメできる一本です。
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